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『ブラウン・バニー』(98点/100点満点中)

 ヴィンセント・ギャロという男はこの世で一番美しい顔をしている。
 と、ヴィンセント・ギャロは自分に対して思っている。間違いなく思っている。
 そして私もそう思う。

 天才とはなにか。
 努力の天才を思い浮かべる人もいるかもしれないが、映画の脚本が作れてその主演もできて美術もできて監督もできてレーシングバイクにも乗れてバンドも率いれて絵画の個展もプライベートで開くこのヴィンセント・ギャロは天才という名詞以外に似合う職業名がない。天才は天才であることに飽き飽きしている。そんな天才が戯れに、もしくは全神経を注いで作ったと思われる『ブラウン・バニー』は一見ナルシシズムに塗れた駄作に見えて、憎たらしいほどの傑作である。

 冒頭、ギャロはレーシングバイクでレースをしている。ただそれを遠景で捉えたこの世で最も退屈な類の映像の後、その試合が終わったのか、彼はレーススーツのままコンビニに行く。そしてレジにいた女に向かって言うのだ。「今すぐにここを一緒に出て、俺についてきてくれ」と。泣きそうな甘い声と切実な青いあの目で。
 少女は微笑みながら二言もなく了承する。観客の誰もがこの演出に疑問は抱かないはずだ。なぜならヴィンセント・ギャロが口説いたからである。そして少女は車の助手席に乗り込む。運転席のギャロは、その少女に一瞥もくれない。ただ前を見て少女の家まで少女を送る。荷物を取りに行っておいで、待ってるから、と少女を甘い言葉とキスで見送った直後、ギャロは自分の車を遠くへ走らせる。なんと、少女を待たないのだ。そうして残された少女は二度と画面に映らない。
 映るのは虚しい高速道路のアスファルトと、哀しげな歌に染まるギャロの完璧な横顔だけである。

 こんな調子の映像が一時間以上続く。
 ギャロはどうやら花の名前の女だけを口説く。
 口説くしキスもする。しかし一瞬でその場を立ち去ってしまう。まさに愛の通り魔、キスのテロリストである。

 なぜ彼がそうなったのか。なぜ彼は満たされないのか。
 それが最後の五分程度の激しいセックスシーンの後に一気に明かされる。
 それがすべての理由だったと知った時、ギャロはあの美しいその体を挺して愛を証明したのだ。

 この映画はナイフのような失恋映画だ。ギャロが天才である所以を説明し尽くすにふさわしい映画だと思う。ふざけてんのかと思いきやまったくふざけていない。天才と悪質とは表裏一体でありこの映画はまさに賛否両論が多い。しかし描かれた主題は、失い続けるということがいかに一人の人間を殺し続けるか、という極普遍的で、かつ、花の名前を持った女に対して男が抱く思い出のように永遠のテーマでもある。
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