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『告白』(90点/100点満点中)

 映画『告白』は、復讐映画である。しかし同じ復讐がテーマの物語でも『キルビル』『悪魔を見た』が赤色の血のストレートスプラッタだとすれば、この映画を取り巻くイメージはできるだけ復讐する相手が永く苦しむように練りに練られ、冴え渡った毒々しい青のマグマのようだ。その復讐が完遂される時、こちらの顔面もその返り血で蒼白にさせられる、そんな氷のように冷酷な映画だ。
 あるいはこうとも言える。氷点下の冷酷さをほとんどモノトーンのような映像で装わざるをえないほどに、燃えるような愛の悲惨が詰め込まれた映画だ。

 『下妻物語』や『嫌われ松子の一生』で、壊れた日本人女性の美しさを描いた彼は、いよいよ客を笑わせる気などなくなった。

 冒頭、担任教師の松たか子が、このクラスの生徒に娘を殺された、だから今から復讐を開始する、と高らかに宣言するシーンから始まる。

 崩壊した学級。生意気な生徒たち。
 松たか子の問題提起の投石は、その教室と生徒に制裁の共犯関係を構築させ、暴力の大渦を巻かせることになる。
 その翌学期から壮絶ないじめを受けることになる殺人犯は、その自意識と凶暴性を肥大させていき、ついには全校生の爆殺を企図する。しかしその背景には、愛されたいと願った、たった一人の人間からまったく愛されなかったという、松たか子にも勝るとも劣らない屈折があるのだ。

 映像は非常に美しい。
 ただ牛乳カップがいじめっこからいじめられっこの背中に飛んでいくのが、こんなにもスタイリッシュないじめのシーンとして印象付けられる。
 いじめっこがおそろしい速さで正義を獲得していく。善意にあふれた教師は最高の暴力装置として機能してしまう。ひきこもりとなった殺人犯の母親の愛はだんだんと正義を見失う。どの包丁で殺そうかと事務的に迷う二秒程度のシーンは、ホラー映画一本分の怖さがある。なにもかもが最高にして最悪な屈折を見せていく。
 
 青春は確かに、最悪だった。なにもかもが間違っており、ただ暗かったのだ。

 語り部は次々と変わる。
 その度に出来事の様態と真相は、何度も別の真相で重ね塗りされ、奥行きが深くなっていく。
 いじめの映画なのに、いじめがダメだと言うような無力なセリフを言う人間は、一人の教師だけを除けば他に誰もいないのだ。それが映画という虚構にだけ可能だということに我々は疲れていた。
 殺意のような愛、愛のような殺意、それに揺れながらも復讐を決行する時、松たか子は殺人犯をゆるすために殺人犯となる。

 その美しさたるや。

 この監督が、この作品を越える可能性は、この監督が生きている限り、まだ一ミリくらい残されているのは、至福の限りだ。
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