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『メランコリア』(96点/100点満点中)

 世界なんて終わってしまえばいいと思う夜に、ちゃんと世界が終わってくれる映画を最も美しく語る最狂の精神病を患った映画監督がこの世に実在し、そしてその映画を見るのが、地球に生まれてきた唯一の贅沢だと言ってもいい。
 自らの映画の授賞式でおよそ文脈とは全く関係のないナチスを絶賛し、評価が台無しになるような頭のネジが数万本飛んでいるこの映画監督は、ビョークを首吊りの刑にして一躍カルト映画の最前線に躍り出た天才である。
 そんな天才が人類にプレゼントを作った。すべての死にたい人々に贈られた最高の慰労剤が『メランコリア』である。

 鬱病になったことのある映画監督は、鬱病になったことのあるキルティン・ダンストを主役に置いた。
 半径数キロメートルには誰もいないような姉と姉の夫の豪邸で、その夜彼女の結婚式が開かれる。職場の上司にはコピーライターからアートディレクターへの昇進が告げられ、夫は最高のイケメンである。完璧な結婚式、そのはずだった。
 
 夜空には見たことのない星が光っている。それを彼女は認めてしまう。

 その星を見て以来、彼女から一切の微笑がなくなる。

 バースデーケーキのカッティングも放り出し、客を置き去りにして部屋にこもり、花婿の初夜の誘いも断り、職場の新卒と野外のセックスに耽り出す彼女。婚姻も当然破断。
 しかし彼女にとっては、もはや結婚などどうでもいい事柄であったのだ。

 地球に、なにやら青く、巨大で、美しい惑星が接近してくる。

 もはや自力で立ち上がることもできないほどのメランコリックに陥った妹を、姉のゲンスブールはその豪邸で懸命に介護する。
 惑星の接近に従って、雹が降り注ぎ、飼い馬も騒ぎ出す。 
 「もう何もかも終わりなのよ」とキルティン・ダンストは微笑むのであった。

 『トリスタンとイゾルデ』のオーケストラに合わせて、あたかもそれが至福の絶頂のように、死の惑星が夜空で月の何倍と大きく発光し始める。妹は喜び、姉はほとんど発狂に近い様相を呈していく。
 古城のような豪邸が臨む、終末の美学である。

 この映画は死にたい時に見たい。
 もちろん、最高のハッピーエンドが用意されている。
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