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『ジャッキー・コーガン』(39点/100点満点中)

 ブラッド・ピットが出てくる映画には二通りある。
 ブラッド・ピットの会社が作った映画か、ブラッド・ピットの会社が作ってない映画か、その二通りである。

 そして彼の作った映画は時代への批判や国への憎悪と絶望に満ち溢れている。
 たとえその映画に自分が演じる殺し屋を主演に置いたとしてもである。

 かつてみたこともない、とっても優しい殺し屋の映画が本作である。

 ギャングの営む賭場に強盗が入る。まんまと成功する貧乏人のふたり。
 犯人探しとその殺害依頼を受けた殺し屋のブラッドピットは、脅して殺したり、泣き喚くターゲットを撃ち殺すのをなにより嫌う殺し屋である。
 依頼を一度は受けたが、殺し屋の同業が困窮していたため、その仲間を助けるべく仕事を斡旋するのだが、その仲間は一向に仕事をしようとしない。

 全編にブラッドピットの溜息が溢れている。
 そしてその溜息がザラついており、古いブランデーのような味わいがある。


 戦争に疲れ果て、軍事産業も斜陽になりつつあり、アメリカの経済地盤が未曾有に低下しつつある。
 まさに国がゆっくりと廃墟のようになっていく中で、廃墟のような街の廃墟のような酒場で、廃墟のような男たちが、安い酒で酔いを回し、昨日ヤッた女の話か、カネの話しかしていない。古き良きアメリカ、とは全くの現実がある。
 ブッシュからオバマに変わったことで訪れた平和はしかしまったくの金にはならず、地球警察を降りずにはいられないほど酔っ払ったアメリカにはかつての理想も正義もない。もちろん夢もない。夢がない人間は、死んでしまった方が楽なのだ。

 そうして死んでもいいくらいにろくでもない酔っ払らいやギャングたち、しかしどこか全く等身大の男たちが、ブラッドピットによって優しく手厚く葬られていく。

 あたかもアメリカの葬儀を見るような映画である。
 であるので、生粋のアメリカ・ウォッチャーでない限り、この映画は楽しめない。

 ブラッド・ピットが殺し屋の役を演じると聴いて、『イングロリアス・バスターズ』『ファイト・クラブ』並みの突き抜け感を期待させてしまい、事実これまでの有数の殺し屋映画と並列するほどの大作としてこの映画を喧伝した宣伝部に大いにその責が問われる。が、そうでもしないと映画館に人が集まらなかったのも事実である。が、もとをただせば、このテーマを作り、このテーマを殺し屋という社会の末端から描こうとしたブラッド・ピット自体にもその構成の責が問われるのも、また事実である。このテーマでもっと良い作品を作ろうとしても、ブラッド・ピットの怒りと金と圧倒的なカリスマ感がなければできなかった。『ジェシー・ジェームズの暗殺』と同じような興行的悪夢の繰り返しである。大衆的な映画でないことは間違いない。映画としてはかなりアート寄りな側面がある。ざらついているがゆえに、忘れられないような肌触り。それを楽しめるのは、極一握りの層になりそうだ。
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