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『ゼロ・グラビティ』(90点/100点満点中)

 宇宙飛行士が出てくる宇宙映画を見る時、鑑賞者が、それが映画だからという理由で見落としがちな、たったひとつの重大な事実がある。

 大抵それは直接的に描かれることはない。だがよくよく考えれば当然の事実だ。 
 宇宙飛行士は地球から遠く離れた位置に行っても、もはやなにも痛くないと思えるほど、地球で起こる出来事に関心がなくなってしまった、なんらかの過去がある、という事実である。

 帰る意味も、もしかしたらその必要すらも感じない者が宇宙飛行士になる。
 宇宙を対象とする行き過ぎた好奇心は、それと同化したい希死念慮に限りなく漸近していたのである。

 サンドラ・ブロック演じる主人公は、宇宙ステーションに勤務する宇宙飛行士だ。
 平穏な彼女の宇宙遊泳時、勤務先の宇宙ステーションはスペースデブリによって木っ端微塵に破壊される。

 開始十分で起こる絶望的状況。逃げ場はどこにもない。
 瞬く間に絶体絶命の危機に陥る。残された酸素は少ない。

 スペースデブリは地球の大気圏上を周回しており、また襲ってくることがわかりきっている。
 同じく生き残ったジョージ・クルーニーと生存を賭け、彼女は決死の生存に尽力することになる。

 宇宙服という閉所の恐怖と、トンと押されたらどこまでも遠くにひとり流れていってしまう、宇宙という無限広所と暗所への恐怖。
命綱がなくなっても、おそらくは一瞬で死ねないのである。
 宇宙空間の死のロマンとその本能に訴求してくる恐怖は、ここまでやるかというくらいその冒頭シークエンスに詰め込まれている。宇宙は怖い。その当たり前の事実から映画は逃げ続けていた。宇宙人だのエイリアンの話だのして逃げ続けていた。ただそこにある得体の知れない黒色が、ただそこに氷点下としてあるだけで怖い。この映画はそこから逃げないどころか、その宇宙の引力・無重力を徹底的にエンターテイメントに変えた。

 そうしてふたりが見る、地球の景色は、極めて美しい。
 ふたりとも、地球に帰る必要も意味もないと感じていたことが、ふたりの会話で静かに明かされる。

 主人公の彼女も元から帰る意味など感じていなかった。
 劇中死にかけ、事実死にたいと思うそんな彼女の元を訪れる、亡霊、そしてラジオの音。

 最後のタイトルコールは最高である。
 物理的に鑑賞後立ち上がることができなくなる映画の誕生であった。
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