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『黒崎くんの言いなりになんてならない』(1点/100点満点中)

 あたしと仕事どっちが大事なの、と訊かれた場合男性諸氏が提出し得る最高の回答とは、そんなこと言わせてごめんな、であるらしい。
 
 なぜ最高か。
 もちろん女が悪いのだが、女は悪くないと彼はそこで言うからである。
 すべては男のせいにすれば話はうまくまとまるのだ。

 そうだ。すべて男が悪い。

 歌舞伎も元来そういう話である。歌舞伎俳優は幾らでも愛人を抱えていいと思うが、すべては不徳の致すところ、すなわち男が悪いのである。

 黒崎くんの言いなりになんかならない、という少女漫画を私は恥をしのんで読んだ。電子書籍で読んだ。新橋の取引先でも読んだ。実際、面白かった。
 やたらとかっこいい黒髪のドSな男の子と、王子様気質の理想的な男の子とが、特に惚れられる要素のない女に惚れ込んで争奪戦を繰り広げる物語。あらやだそんなことしていいの?というセックスにギリギリ至らない性描写が良い感じの漫画であった。これが何百万部も売れた。「こんなものを読ませてごめんな」とGacktさんなら言ったに違いない。
 この物語は怠け者が喜ぶ仕様になっている。なんにもしなくても男が寄ってきてどうしよう私、だなんて話である。でもそれでよかった。理想に作り込みなどいらない。わたしも怠け者なのかもしれない。

 そんな話の映画化である。
 モテない女を演じるのが心底苦手そうだし、画面上でも終始極めて不自然な小松菜奈が主演である。
 そして冒頭からそんなの朝から言っちゃうのやっちゃうのというシーンが校内外で連発する。あの少女漫画のキュンッ...という国民的擬音はしかしこの場では鳴りを潜めている。いや、というか、再現できていない。いきなりのキス、いきなりの耳の甘噛み、いきなりのお姫様抱っこ、は、誰がどんな風にやっても不自然なのだ。これが漫画と映画の絶望的な断絶なのかもしれない。コマ、というものがどれだけ論理的な飛躍を良い意味で物語に許すのか、嫌という程実感させられた。

 キュンッ...は、やはり、映画化不可能なのである。

 であるからして、原作の少女漫画なら許された子宮にズシンとくる展開も、この映画ではなんだか継接ぎのセックスなしのフワフワ展開であり、それがギクシャクしており、ついでに言うと金髪の男の子がなんか身長低くねえかなどと思ってしまい、あのエロさを追体験できない。シャワーシーンは良かった。男はエロいなあ。だからぜんぶ男が悪いのである。

 この映画は当然少女向けなので、オッサンが評価する仕様に元から耐えられる作りはしていない。しかしオッサンだってキュンッとしたいのだ。そのオッサンをキュンッとさせられない配役、加えて、原作のエロさがスッポリ抜けてしまったという点でこの映画はその責を問われていいと考える。

 こんなもの作ってごめんな、こんなもの劇場公開させてごめんな、とGacktさんなら思ったはずだ。
 もちろんすべて男が悪いのである。
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