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『GANTZ:O』(50点/100点満点中)

 夜討とは赤穂浪士から続く古き良き最高の主題と言える。
 各自武器を持って夜に集まり悪い奴らを退治する。さらにはそこにエログロをぶち込んでついでに新宿も道頓堀もギリシャもアンジェリーナジョリーも出してしまえという原作の大盤振る舞いは、漫画という架空世界の贅沢の極致を行くもので、その後の形而上学的超展開は数多のファンを置き去りにしたとはいえ、それでもあの暴力世界は、少女漫画が少女をキュンとさせたように現実に嫌気のさしたちょっと冷めた可憐な少年のハートをやはりキュンとさせたのである。

 愉しいニヒリズムがそこにあったのだ。
 勃起しながら泣く、そんなニヒリズムである。そこに愛だの恋だの、あるようでない、戦時のロマン、こびりついた血のように消えない一滴のセンチメンタリズムがガンツの底流にある。死や肉体破壊が、あたかも侘び寂びのごとく語られる。愛されて当然の原作である。


 そんなファンの愛は、しかしアニメや実写化などで散々裏切られた。しかし日本人は裏切れることに慣れている。言わんやガンツファンは、である。

 そうして出てきた本作は、これまで山積していた問題点を完璧に潰した。

 しかしこれまで問題にならなかった問題にガツンと躓いた。

 良いところから言う。玄野君の死後世界がこの映画の舞台である。それに絞った点がソリッドでよい。加藤君は絶世のイケメンである。そして武器の造形が素晴らしい。登場人物のおっぱいは言うに及ばず、ギョーンギョーンするあの武器のカチャカチャ動く感じがとっても可愛らしくて素敵である。実写化不可能の所以がここにあったのかと思わせる。あの猥褻な道頓堀の夜の陰鬱なグラフィックも素晴らしい。ぶっ壊れてもいい街が景気良くぶっ壊れる。そこで軽妙に動く登場人物も、ヨーダのように宙をまうぬらりりょんも限りなくリアル。肉地獄のようなシーンもそのキモさは圧巻である。なんかめっちゃ金が掛かってそうなのでこれを作ったアニメ会社は元がとれてるのか不安になるくらいであった。

 が、これらを台無しにする、aikoのような女がでてきたのが最悪の采配であった。

 そんなんしたら死んでまうで、あんな男なんてなかなかおらへん、ほんでな、うちはあんたのことが大好きやねん、ほんまに狙撃でいくん、狙撃とかで大丈夫なん、などと関西弁で甘ったるいセリフ、しかもこのご時世、映画では言ってはいけないレベルのようなアカンセリフを連発するこのaikoはもちろん加藤君のことが好きだ。ついでに言うと二十代前半にして子持ちの苦労人でもある。こいつが加藤君の周りを天使かなにかのようにフラつく。きっとこいつらは恋をするんだろうなと思うし、ガンツファンなら当然予想し得る最後を迎えるんだろうという感じになる。

 この、恋が、いらない。

 いや、ないと、映画として成立しないのは分かる。

 しかし、この女の恋や発言は、血や肉片やおっぱいご飛び交うこの映画では、今更あまりに軽すぎるのだ。

 ガンツというなんの理由もなく妖怪がバンバン出てくる原作の映画では、恋だの愛だの言わないと、筋が一切通らないのは確かである。しかし恋だの愛だのをやられても、こちらのハートは動かない。なんだか小恥ずかしい資本主義の論理、日本の限界、プロデューサーの思惑を垣間見るようで、脚本の落ち度はかなりこちらを相当冷めさせる。どうせなら強い女を一人でも出し、弱い女は徹底的に弱く描くなどの強弱が必要だった。
 しかしガンツの世界においては残念ながら女は非力な存在なのである。いや、そうでなければならない。なぜか。少年の漫画だからだ。

 映画館に行くのは少年少女と大人の狭間にいる、アダルトチルドレンたちである。aikoには騙されへん。そのことだけよう覚えといてほしい。ちなみに関西弁も俺は嫌いや。大阪編の感じは好きやけどな。ほなな。
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