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『悪人』(90点/100点満点中)

 新宿駅東南口の改札を抜けるとそこは地上二階だ。あの雑多な人通りを縫って、向こう側に見えるハッピーメールという看板広告は七年前からあの位置にある。もしかしたらそれ以上前からあるのかもしれない。あれが出会い系の広告だと新宿区民の私が知ったのは、先月のことだ。てっきり高給バイトの求人広告だと思っていた。しかし違った。
 どうしてそれに七年間も気づかなかったのか。気づけない理由はちゃんとあった。

 ブラウンヘアにカーリーボブ、スレンダーな体型の女の子が、控え目な顔で微笑んでいるあの出会い系の広告は、対外的には女性向けにヴィジュアルが設計されている。
 しかし、男性向けのハッピーメールの広告のヴィジュアルは、それとは対照的だ。無数の女の裸の写真が、無秩序に掲載され、ほとんどスパムのようなビジュアルなのだ。
 あの位置で微笑む女を、男は、いや、私は、ほとんど見過ごすような形でなんとも思わないが、女はあれが出会い系の広告だと認識できる。男はどうなのだろう。一瞥しただけで分かるのだろうか。私はそうは思わない。なぜならセックスができると知らない限り男が出会い系に手を出すはずがないからだ。たとえばそんなちょっとした崖のような性差に、出会い系というあの巨大なディスコミュニケーションが聳え立っているのではないかと思うに至った。


 妻夫木聡は家屋解体作業員であり、どうしようもない地方に住んでいる。
 彼は出会い系を使って満島ひかりに出会うような圧倒的強運の持ち主であるが、要介護の父親と怪しげなカルトに嵌る樹木希林という母親を持つその暮らしぶり。
 当然職場では異性と出会う機会もなく、およそコンビニの整髪料で陳腐に染められた金髪、きっと死ぬまで手に入れられないまともな家庭、そうして家を壊し続けるだけのその私生活。およそすべての感情表現は、黙るか、セックスするか、愛車のハンドルを殴りつけるかしかない、彼の人生は徹底的に暗い。
 満島ひかりは明るい。そして妻夫木には興味がない。妻夫木との待ち合わせで偶然居合わせた、大して好かれてもいない岡田将生君の車に乗って、妻夫木を置いていくような、見る目が全くない女である。その見る目のない感じが、だめで狡猾な感じが、これまた圧倒的で最高である。

 そうして出会い系で妻夫木が出会う深津絵里は、出会い系に絶対にいちゃいけない天使のような純粋さを持つ。
 ただ仕事以外の文脈で誰かと出会って話がしたい、という、音楽を聴きたいから渋谷のクラブに来ました、くらいに歪な、それでいて完璧に正しいこの女を前にして、主人公は犯すこと以外になにもできないのだ。しかし深津絵里は瞬時にこの男の、真夜中の郊外の高速道路のような空白を理解するのである。そうしてふたりで一切の現実から逃げようとする。出会い系で出会う、という一種世間体からは罪のように指弾されるコミュニケーションとその脱落から、必死にふたりきりになろうとする寂しさに、少しでも正しさを感じてしまったら、このふたりのうちのどちらかに感情移入しないわけにはいかないのである。
 誰かと出会って、ただ話したかった、という綱渡りのようなシンプルな望みが、九十九パーセントの男のばかみたいな性欲によって出会い系の本質を見誤らせていた時代、顔の見えない相手に賭けた祈りのような純粋と、そうして顔が見えた時から始まる地獄のような人間関係の悲哀が、九州地方のうら寂しい海辺で繰り広げられる。タイトルには悪人とあるが、悪人善人は誰か、といったしようもない二元論的テーマを完全に本作は越えてしまって、その訴えはほぼ宗教的な段階にまで至っていると思う。
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