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『ラスト・ナイツ』(39点/100点満点中)

 宇多田ヒカルであるということを宇多田ヒカルではない人がその一万分の一でも背負えば、その得体の知れなさに圧死してしまうに違いない、と私は勝手に思っている。外圧からの重圧というより、厳密には内圧で死んでしまうような気がするのだ。自分の作る曲が億人に聴かれているだなんて責任を人間は普通負うことができない。だからおそらくなにかを作る人はたった一人のために作った方が、激しく作れて、正しく作れるのかもしれない。
 そうして宇多田ヒカルの元夫である紀里谷監督は宇多田ヒカルの元夫であるということをある意味一生背負い続けてる、のだとしたら、その外圧、その障害、その逃れがたさたるや想像を絶するものがある。紀里谷監督は紀里谷監督という名前だが、どんなメディアに出ても、あるいはコンビニに行っても、映画監督である以上に宇多田ヒカルの元夫であるという認知が付きまとう。
 私は『キャシャーン』も『GOEMON』もめちゃくちゃ好きだ。監督がオラオラしてるからである。俳優がなにをしてもそれは監督の化身に見える。監督のセンチメンタルも好きだ。俺ってすごいだろ、どや、オラ、オラオラ、と全編で言っているからである。あんな映画を作れるやつはヒットラー級のナルシストで、そして人に嫌われる奴でもある。私が紀里谷監督の母だったら、紀里谷監督の髪がぜんぶ抜け落ちるまで紀里谷監督の頭を撫でてあげていたと思う。この二作は邦画でもその酷評のされ方はかなり上位に入る二作だが好きだ。愛してる。剣を持った男があり得ない飛び方をしてありえない情熱でありえない復讐劇を繰り広げる。十三歳くらいの少年の全能感と絶望感がもし天才的な映像センスも持ち合わせてたら、という神様が暇潰しにやりそうな思考実験が、そのまま一人の人間を材料に行われているとする。それはつまり紀里谷監督のことである。愛してる。

 本作は、そんな常軌を逸した日本人が作った騎士団の話である。
 余りに気高すぎる騎士団の主君は、冷酷卑劣な大臣からの過重な賄賂要請を拒否した。そして皇帝の命令により、主君は死刑に処されるが、斬首をその主君直属の部下である隊長にやらせたため、その隊長によるバッキバキの血みどろ泥々の復讐劇が開始されることとなる。

 内容としての評価はもういい。
 紀里谷監督が復讐劇というものを毎回ディティールや規模や扱う美学範囲もアップデートさせながら作り続けるのは、ひとえに宇多田ヒカルに惚れて振られたからだ。名誉という言葉が山程出てくる本作において、殊に語られている名誉とは、すべてこの監督の名誉の定義である。厳密には監督自身の名誉のことである。鑑賞後、この映画はたぶん制作費の元が取れてない、と直感できるほどに相変わらず贅沢な構成をして監督はオラオラしている。そのオラオラ加減はエグザイルやジェイ・ソウル・ブラザーズと格が違う。紀里谷監督のそれは雪のような落ち着きを獲得し、世界を狙い、金なんてくれてやるから名誉をくれと叫び、そうして爽やかに狂っていた。

 紀里谷監督という傲慢な才能が、宇多田ヒカルとの離婚の副作用によってさらに傲慢の次元を超える、核融合の結果が本作であり、作品を作品として味わうより、その文脈を味わうのが一番良い楽しみ方かもしれない。紀里谷監督はまた日本から遠くの場所へオラオラと飛んで行った。とても素晴らしいことだと私は思う。
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