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『ムービー43』(80点/100点満点中)

 博多駅前に巨大な穴が開いているのを見た時、たとえば友人がそれを指差して笑うタイプの人なのか笑わないしそもそも笑うということすら思いつきもしない人なのかというのは、常識的に考えて、とても重要な相性基準かもしれないと思うのである。時としてそれは食事の相性より関係の深度を左右する。死人はいないからああいった人命性の高い話に不謹慎もなにもないはずだ。死人がいたら笑えない話ではあるが、といった前置きでもここで言っておいた方がよさそうだから言っただけなのだが、どう考えてもあの穴は笑えるのである。深淵を覗き見る時、深淵もこちらを見ている、とニーチェは言ったが、あの実写化がまさか福岡で行われるとは夢にも思わなかった、あーおもしれえ、という感じだ。もっとバカにしたいが、これ以上はやめておこう。
 笑いとは真面目の脱臼だという話がある。不真面目なそれは笑えないのだ。博多の駅前は真面目である。だから博多のあれは笑える話だ。豊洲の地下道も笑える話である。人命性は高いが、よくわからんが笑える。私が昨日通販詐欺で一万円パナマか中国系の悪い人に騙し取られてテンションがガタ落ちし、警察に通報しようとした話も実際笑える話である。なぜなら私は私なりに大真面目にその通販サイトで腕時計を買ったからである。
 もっと高度な空虚空洞で連想するに、トランプとヒラリーについても、極少数のアメリカ人にとっては笑える話ではないか。
 投票に行く気はさらさらなく、特に金はないが満足でも不満足でもなく、なんでもかんでもバカにしくさる気が満々で、延々と下ネタを言いまくるナチュラルボーンニヒリストの極一部のアメリカ人にとってはめちゃくちゃ笑える話だったりするのではないか。トム・ハンクスが眉間にシワを寄せながら出てくるヒューマン映画なんて金をもらっても絶対に見ない人間は地球上に一定数いる。それと同じである。

 ヒュー・ジャックマンの喉仏になぜか睾丸が付いていてそうとは知らず彼と食事を始めたケイト・ウィンスレットがそのレストランで最悪な目に遭うという、攻撃的なほど無意味な短編から唐突に始まり、ナオミ・ワッツが自分の息子を物理的にも性的にも虐待し、アンナ・ファリスがスカトロ趣味に走る短編、クロエ・グレース・モレッツがいきなりデート中に初潮を迎えて下半身を血まみれにする短編など、この映画は約10点ほどの性差別、人種差別、家庭内暴力、動物差別などに満ち溢れた極悪の短編と短編をくっつけて構成されている。ゴールデンラズベリー賞では「最低作品賞」「最低監督賞」「最低脚本賞」の三冠を獲得したらしい。狂った映画脚本家がプロデューサーに売り込んだ映画構想たちを実写化したらこんな感じになりました、というサイドストーリーがこの10本の短篇を繋ぐ。映画が好きで好きでまともな映画が嫌いで嫌いでしょうがない業界の人たちが結集し、自身の名誉を投げ捨てて、透徹した美学とでも言うべき集中力で下品に下品なものを塗り重ねて作った映画だと思う。

 老人ホームで流しても幼稚園で流しても笑いが起こりそうな、何だか古き良き、そして安心して見られるめちゃくちゃ下品な映画である。私もそろそろ子供ではないからあんまり毎日笑わないようにしているけど、この映画はめちゃくちゃ笑わされた。アメリカの笑いは、ロックだなあと思うのであった。
 そんな映画を作れる諧謔精神と反骨精神の溢れた国民性がいま、強い国にしようと言われ、乗りに乗っているように見える。これを書いてる時点ではどっちが勝つのか分からない。こんなバカバカしいものを十年掛けて作るような愛と慈愛と反知性に溢れた国なので、トランプかヒラリーか真面目に議論してもやっぱりなんだかバカっぽいのは本当に凄い。たぶんこの映画が好きなアメリカ人はトランプの波に実は乗れていないのかもしれない。トランプとはアメリカのペニスである。ヒラリーのあの意味不明な微笑にも乗れていないのかもしれない。それはそれでなんという政治的孤独、国民的孤独だろうと思うのだ。
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