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『グランド・ブダペスト・ホテル』(80点/100点満点中)

 銀色のアクセサリーよりも、金色のアクセサリーに昔から魅かれた。思えば小学低学年の時、母の寝室にある硝子の華奢な宝石箱を家に誰もいない時間を狙って、ただひとり眺めるのが好きだった。その理由はうまく説明できない。宝石を乙女として眺めていたというより、ただ満たされきってしまった老人の様な心持ちで眺めていたのである。その宝石たちを身につけた母を結局見ることはなかった。今になって知ったが、それらはこの時代身につけるには悲しいほどに派手過ぎるデザインだったのである。私は彼女が死んだら、それを譲ってもらう約束をしなければならないだろう。私の中の乙女と老人が、そう言っている。
 金色とは、つまりもう役に立つことを諦めた色だ。もう機能らしい機能をする気はありませんという色である。身につけられることのないアンティークとは完成された小さな金色の廃墟だろう。贅を尽くすにはただ優雅である以外に義務などない、とダンディズムの王ブランメルは後世に自哲学を寸言で遺した。

 いつか我々も記憶の廃墟になる。あるいはもうそうなっているのかもしれない。百貨店にある雑貨屋とは、ある意味乙女的な諦観を売るのである。映画館が映画を売るように。

 本作はそんな廃墟の中にあった廃墟、さらにはその中の廃墟に、かつて脈打っていた豪華絢爛な黄金時代と文明、戦争と諧謔と知性と懐古主義とをミルフィーユのように重層的に描いた映画である。

 小説家の銅像というどこにでもあるひとつの廃墟から、その小説家の小説という廃墟、そしてその小説の作者が訪れたホテルで、彼が出会った孤独な老人という廃墟。その老人がドアボーイとして勤めたそのホテルで支配人として君臨していた、超有能にして軽薄で饒舌な金髪のホテルコンシェルジュの人生譚を本作は描く。

 ストーリー自体はどうしようもない男が東奔西走するドタバタコメディだ。
 笑えるシークエンスの笑いも、たった一秒しか笑えないイギリス風のジョークである。パッと見せてパッと別シーンに行く粋で可愛らしい見せ方。
 劇中、九十九パーセントのシーン構図は一点透視図法で撮影され、そのカメラワークは上下左右に九十度ピッタリにしか動かない、至って非合理な徹底振り。
 かつては非合理こそ贅沢なのであった。
 この世で一番インスタグラムの写真を撮るのが上手い人が完璧に映画を撮ったらこうなる、としか言いようのない贅沢感がイライラするくらい、作風は洒脱を極める。

 そうしてイライラするほどオシャレな主人公が、殺人犯という冤罪を被せられながらもその名誉を回復するために軽薄軽妙なやり口で逃走しながらも、部下のドアボーイとベルリンの古城や雪山を駆け抜ける様は愛おしい。

 主人公の最期は悲哀に満ち溢れている。
 唯一諧謔抜きで描かれる、軍との対峙シーンは劇中二度現れる。

 戦争という全てを廃墟にする時代趨勢で、それでも廃墟の中に残された光のなんたるかを語り、パタンとこのお菓子のような絵本は小粋なエンドロールを迎える。

 二十五歳を越えると友達か親戚の一人は死んだり、あるいは結婚して子供を産んだりする。これから買うものや選ぶものは、たとえば一冊のその本は、世代を越えて残す価値があるか、つまりは本棚に置いていいものか、次の世代に譲っても恥ずかしくないものかどうかをふと考える。あるいは本でなくても、それが有形のものか無形なものなのかは問わない。いま残っているものは、明らかに誰かが残そうと思って望んだものであり、それについて少し時間を取って考えたくなる映画だった。
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