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『小さな悪の華』(1点/100点満点中)

 劇場公開は約半世紀前のフランス映画である。
 ボードレールの『悪の華』も今となっては眼つきのヤバいハゲがなんかヤバめなことをヤバめなフロウで言っている読後感しか齎さない。そしてボードレールのそれと関係のあるようであんまり関係ない本作は、当時内容の非道徳性から政府に上映禁止を命じられたと言う。国内公開時のコピーは「地獄でも、天国でもいい、未知の世界が見たいの!悪の楽しさにしびれ 罪を生きがいにし 15才の少女ふたりは 身体に火をつけた」という主観と客観が入り混じって死ぬほどイライラするしついでにオチまで丁寧に教えてくれる機能性の高過ぎるキャッチコピーだったらしいので、今更になって気になって見てみた訳である。というのもツタヤがオススメしていたからである。が、結論から言うと、目が腐るのではないかと思うほどに虚しい映画であった。十三歳やら十五歳の女はやっぱりクソつまんねえなという感覚が私のDNAに深く刻み込まれるような映画であった。
 基督系の寄宿学校で、官能小説を屋根裏部屋から発見した同級生の少女二人が、真夜中布団に閉じこもって懐中電灯を照らしながら読誦し、キャッキャしている。
 そのまんまのノリでレズビアン・セックスでも始まるのかな、私が彼女だったら始めちゃうけどな、と思いながら見たが、一向にしてレズビアン・セックスは始まらない。ありえない。男子校であればそんなもの余裕で始まるのに、この寄宿学校では始まらない。ナンセンス。その時点でもちろん、0点である。
 この少女二人は、夕食前に煙草を吸ったり、夕食後は服を脱いで自分の成長過程の身体に見惚れたり、ついでに鳥とか毒殺したり男の前で脱いで男に強姦されそうになって泣きながら逃げたり、ついでに最後は詩でも読みながら焼身自殺を図ったりと、それなりに頑張ってはいる。だが、最低と言うには努力が滲み、最高と言うには臆病さが垣間見え、中途半端と言うにはその時代環境を鑑みればある程度の斬新さは否定できない、という、なにもかもが中途半端な顛末で、その中途半端性に置いては完璧なのだが、タイトルを見れば『小さな悪の華』という用意周到なエクスキューズが行われている点では、一点くらいの知性を感じる。だから一点である。

 誰に向けられた作品なのかと言えば、これは当時の不自由な少女に向けられた作品であろう。
 管理教育からするりと自由にはばたき、淫靡なことをすることに使命感を持った、行動主義で悪魔を崇拝している少女たちは、たぶん時代的に見て、善い存在である。が、なんていうのだろう、その凋落の度合いが、ちっとも粋じゃない。アン・ハサウェイが、チャラチャラして適当にセックスしてそのノリでチャラチャラとヤバい街に行って、優しそうなギャングにいきなりレイプされそうになったのでワッと泣きながら逃げる、でもチャラいまんま、という極めて難解な映画を思い出した。あの系譜の元をたどればこの映画に辿り着くのかもしれない。
 もっとやばい少女なら、いくらでもいた筈だ。もっとやばい話なら、いくらでもできた筈である。少女映画の傑作は、あるようでまだないんじゃないかと思う。
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