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『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』(85点/100点満点中)

 猫か犬かと言われたら猫派だ。かと言って、犬が嫌いなわけではない。と言うより、犬好きの人間を好きになれないのだ。首紐を犬に付けて犬を振り回し、そうして犬に言うことを聞かせようとするその薄っぺらい傲慢さ。その程度の主従関係で保たれる愛に真実などあろうかと思うわけである。そんな失われた犬の尊厳を圧倒的なタッチで復権させようとする本作は、犬が犬のままに人間社会に反旗を翻す、壮絶な暴動映画、テロリズムの映画である。
 少女に飼われていた気弱で寂しがり屋な犬が一匹、ひょんな事情で捨てられてしまう。もとい雑種を飼うにはわざわざ納税しなければならないディストピア社会で、街の片隅の廃墟には野良犬と雑種犬とがうろつき、それを動物保護担当官が警棒片手に追い回すという次第だ。
 そんなこんなであっという間に飼い主と離れ離れになってしまった犬は、その気弱さと警戒心で、野良犬同士なんとか上手く生きていこうとするものの、今度はひょんなことで闘犬育成家に拾われてしまう。そこからの犬の運命はまさに不条理を極める。闘争心や服従心を植え付けるために餌はまともに食べさせてもらえず、食べさせてもらえたとしてもそれは走り回されながらで、挑発され脅されバカにされて暮らし、ついには温厚そうで間抜けな顔つきまでもが、敵愾心を剥き出しにした凶暴な犬のそれへと変わってしまうのだ。そしてこの映画の異様な点は、その犬の演技が限りなく演技に見えない(というか演技指導というものがそもそもあったのかどうかも、あったとしてそれが犬に伝わっていたのかどうかも分からない)点だ。ガチで犬一匹が獣へと帰っていくのである。
 同胞を試合で殺して脱走した犬は、元の街に戻るも、すぐに保護施設に入れられてしまう。そして犬の犬による犬のための都市破壊計画が進められるという粗筋だ。
 御利口なのか愚鈍なのかわからない主演の犬の顔は、最悪な展開を乗り越える度に演技が達者になっていく。人一人殺してからの顔つきと言ったらもう殺し屋のそれだ。犬が本来的に怖いのは非常に感情的な生き物だからだが、ついにはその感情すらも失った犬が一番怖いのである。
 だなんて真剣に書いてみたが、これはそういうシリアスさから目を背けたとしても、これは完璧なコメディ映画である。犬が保護官の首を引きちぎるシーンは、夏の甲子園に飛ばされるホームランのような爽快感であり、犬が機動隊に撃たれまくるシーンではどこにどう感情を持っていっていいかわからない複雑な思いが胸を去来する。
 誰とどんなシチュエーションでみても盛り上がる映画というのはそうそうあるものではない。主演の犬がなんとも言えない顔というのが本作の数ある魅力の中でも、随一の魅力と言える。
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